AIの台頭により、SaaSのあり方とエンジニアの役割は少しずつ変化しています。その流れの中で、カオナビは新ビジョン「Talent intelligence™(タレントインテリジェンス)」を掲げ、AI前提の世界へと大きく舵を切り始めました。
今回お話を伺ったのは、CTOとしてカオナビの開発組織を率いる松下さんです。AI前提の世界でSaaS企業はどう変わるのか、そして変化の渦中でエンジニアがどう生き残るべきなのか。技術と組織の両面から語ってもらいました。
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AI前提の組織変革を推進する、CTOの横断的ミッション
松下さんがCTOとして担っている役割について教えてください。
「カオナビ」はこの数年でマルチプロダクト化が進み、タレントマネジメント以外の領域へも広がってきています。一方で、各プロダクトはまだ比較的独立しているため、現在は横断的に価値を生み出す仕組みづくりが求められるフェーズに入っています。そのため、認証基盤の統合やデータ連携、AIを横断的に活用できる基盤構築について、「何を共通化し、どこを各プロダクトに委ねるのか」という判断軸を示し、推進することが私のミッションとなっています。
具体的な役割としては、大きく2つあります。1つは現場のAI利活用に関するサポートです。ここに関する実務は主にAI推進室に委ねていますが、今は社内のさまざまなところで新たな試みが生まれている段階です。プロダクトへの組み込みから開発生産性の向上まで、現場の試行錯誤からベストプラクティスを見つけ、定着させていく。私は、現場で主体的に動くメンバーをサポートする役割を担っています。
もう1つは、中長期的な技術ビジョンのリードです。3〜4年後を見据え、AIによって何が実現できるのかを考え、方向性を示す。これはCTOとして重要な責務だと捉えています。
CTO
松下 雅和SIer企業を経て、サイバーエージェントでゲームやコミュニティサービスを開発後、アプリゲームのスタートアップでCTOを経験。現職では、主にCTOとしてプロダクトとエンジニア組織の成長に取り組む。
以前の記事では、CTO室の役割についてのお話がありました。現在のCTO室の状況はいかがでしょうか?
基本的には、以前と変わらず「カオナビ」の技術課題の解消に取り組んでいます。その上で、最近はAIを含む新しい技術動向を踏まえた開発プロセスの提案や支援も行っています。また、エンジニアが力を発揮しやすい組織改善の支援など、活動領域は純粋な技術支援を超えて着実に広がっていますね。
現在のカオナビには、どういった技術的課題があると感じていますか?
やはり大きな課題はAI領域に関するものです。現在は各チームや個人が自発的に取り組んでいるポジティブな状態ができていますが、今後はそれらを連携させていく必要があります。全体を俯瞰する立場として、情報共有や連携の仕組みをどう設計するかが現在の課題です。
「どう作るか」から「何を、なぜ作るか」へ─AI時代に変わるエンジニアの思考軸
AIの登場によって、プロダクト開発のプロセスやエンジニアの役割に変化は生まれていますか?
これまでエンジニアの主な役割は「どう作るか(How)」、つまりコードを書くことが中心でしたが、今ではAIに任せられる部分も多くなってきました。その結果、エンジニアに求められるものが「何を作るのか(What)」「なぜ作るのか(Why)」というユーザー価値に直結する領域へとシフトしているように感じます。
ただし、AIにコード生成を任せる場合でも、適切な指示を出さなければ意図しない実装になる可能性があります。今後は生成AIに何を期待し、どのような品質・意図のアウトプットを求めるのかをコントロールする力が、エンジニアにとって不可欠なスキルになるでしょう。
業務効率化を実現するには、これまでより高いリテラシーが求められそうですね。
その通りです。ただ、フェーズによって考え方は変わります。プロトタイピングや仮説検証の段階では、品質よりもスピードや手触り感が重要です。その場合は細かな制御をするよりも、AIを活用して素早く形にするやり方が有効でしょう。
一方で、長期運用を前提としたプロダクトでは、既存システムとの整合性や保守性を考慮する必要があります。そのため、生成AIが開発の中心になったとしても、設計や品質管理における人の判断は引き続き欠かせません。
AIを使った開発は、今後さらに加速するのでしょうか?
AIを使った開発は今後当たり前になっていくと思います。これまでも開発の現場では、自動化や効率化のためのツールが段階的に導入されてきました。AIはその延長線上にある存在です。その意味で、AIを使わないという選択肢はもはや現実的ではないと考えています。
とはいえ、現時点ではAIの成果物を人が確認する必要があり、大量の並列処理ができる段階には至っていません。効率化のインパクトを最大化するには、この「並列性」をいかに高めるかが鍵になるでしょう。
また、重要なのはAIを活用することで生まれた時間をどう使うかです。品質向上に充てるのか、新しい価値創出や次の企画・設計に使うのか。その最適解はまだ見つけ出せていないので、これから組織全体で探っていく必要がありますね。
「カオナビ」に限らず、SaaSは今後AIを軸に考えることが当たり前になっていくと思われますか?
そうだと思います。AIの登場によって、SaaSサービスの入り口そのものが大きく変わりつつあります。今後はAIエージェントが必要な情報を取得し、ユーザーが操作しなくてもAIが状況を判断して先回りで提案・実行する「プロアクティブAI」の世界が広がります。プロダクトを横断した自動処理も現実的になるでしょう。
こういった変化の中で、我々エンジニアは「AIに対してどう情報を提供するか」という視点にフォーカスしていく必要があります。一方で、従来通りユーザーを大切にし、使いやすさを追求する姿勢も引き続き不可欠です。その両立が求められる時代になっていくと思います。
AI前提の開発が当たり前になるまでは、どれくらいの時間がかかると見ていますか?
開発プロセスへのAI活用については、今後1年ほどで「一定の生産性が出る手法」の共通認識ができるでしょう。一方、プロダクトへの組み込みはルール整備も含め、今後数年は試行錯誤が続くと見ています。
AIはアイデア次第で可能性が無限に広がるツールです。今までにはなかった想定外のデータ活用方法も出てくるかもしれません。その可能性をどうプロダクト価値に昇華させるかが最大のテーマです。しばらくは未知の可能性を形にしていく挑戦が続くのだろうと思います。
そのアイデアの源泉はどこにあるのでしょうか?
最も重要なのは、「カオナビ」を利用してくださっているお客様の視点です。どこに課題や改善の余地があるのか、それを一番知っているのはお客様本人なのです。これからもユーザーインタビューを通じて、現場の声を丁寧に拾い続ける必要があります。
Talent intelligence™が迫る技術転換―「データを保持する」から「AIに提供する」へ
新ビジョン「Talent intelligence™」について、松下さんは技術の視点からどう捉えていますか?
AIを中心に据えていくことが明確に打ち出されたビジョンだと捉えています。それは単にAIを機能として使うという話ではなく、AIが自在に動けるよう、データをよりオープンにしていく発想が必要だと考えています。
これまでのSaaSサービスは、自分たちが決めた構造の中にデータを保持し、システム連携をするのが一般的でした。しかし、AIエージェントが外部からデータを扱い、最適なソリューションを提示する世界では、その前提が変わります。「構造化したデータを保持する」ではなく、「あらゆる場所で使える形でデータを提供する」。この提供視点への転換こそが、このビジョンの核心だと感じています。
機微な人事データを扱う上での難しさもありそうです。
おっしゃる通りです。特に私たちが扱うのは人事情報という機微なデータです。AIがデータを取得・活用する際、そのAIを誰が使っているのかまで含めて把握し、適切な権限制御やデータスコープを設計しなければなりません。非常に難易度の高いテーマです。
「Talent intelligence™」の実現に向けて、エンジニアリング面での難しさを感じる部分はありますか?
これまでの開発体制では、価値定義をプロダクトマネージャー(PdM)が担うケースが多く、結果としてエンジニアが価値提供に深く関与しづらい場面もありました。しかし、AIを前提とした時代では、エンジニア自身が「AIへの最適なデータ提供」や「本質的なユーザー価値」について考える必要があります。
単に「作る」だけでなく、AIへの最適なデータ提供や本質的なユーザー価値を思考するという視点。今後エンジニアとして価値を発揮し続けるためには、この視点を持つことは避けて通れないフェーズに来ていると感じます。
現場では、すでに試行錯誤が進んでいるのでしょうか?
はい。「まず試してみる」フェーズとして、現場主導のチャレンジが同時多発的に進んでいます。PdMがプロトタイプを作り、動くものを起点にエンジニアと議論するケースも増えてきました。領域を越えた連携も生まれており、組織として非常に前向きなエネルギーを感じているところです。
AI前提のプロダクト開発に向けて、既存のプロセスやアーキテクチャを見直す場面はありましたか?
今はまだ大きく壊す段階ではありませんが、前提の見直しは始まっています。従来は構造化データが重視されてきましたが、AIの進化によって、非構造化データもうまく扱える状況になってきました。そのため、無理に構造化せず「AIが扱うこと」を前提としたデータの持ち方に変えていく場面は、今後増えていくはずです。
技術負債への向き合い方も変わってきているのでしょうか?
そうですね。技術基盤部を中心に進めてきた解決策も「AI前提なら別の選択肢があるのでは?」と再検討する場面が増えました。今はまさに変化の渦中にいると感じます。
プロダクト開発におけるスピードと品質のバランスについては、CTOとしてどのように考えていますか?
ここまでの組織成長の流れにおいては、一番良い形でスピードと品質のバランスが取れていると感じています。ただ、今後はAIによる変化の中で、バランスの再定義が必要です。新しい取り組みもどんどん増えていきますから、なるべくフットワークの軽い判断ができるような状態を目指していきたいですね。
特に個人情報や機微なデータを扱う以上、セキュリティ品質は絶対に譲れません。過度なリスクは背負わず、守るべきは守る。一方で、安定性を求めてルールで縛りすぎると、新しい動きが鈍ります。ある程度自由に動ける「サンドボックス(実験場)」のような環境を用意し、自由度を担保することも大切にしたいと考えています。
主体性とホスピタリティを備えたエンジニアが価値を生む。自ら課題を定義し、仕組みを進化させられるフィールド
今、カオナビはスピード感を持って組織規模を拡大させています。人が増えることによる動きづらさを感じることはありませんか?
全体の規模は確かに拡大しているのですが、実働チームは10名前後の規模に抑えているため、開発における機動力は失われていません。
カオナビは新ビジョンの発表を経て、大きな変化の途中段階にあると思います。今のカオナビに参画することは、エンジニアにとってどんな価値があるのでしょうか?
主体的な人ほど、成長と活躍の機会を得られる点には大きな価値があると思います。弊社は新ビジョンの発表を経て、これまでは難しかった「やり方そのものを変える」挑戦がしやすい環境があります。AIを活用した価値創出や、既存の仕組みを見直す提案にも、裁量を持って取り組めるのは大きな魅力でしょう。
「こうしたほうがいい」「こうやりたい」と意見をどんどん出して、自律的に動かしながら自分自身の成長にもつなげていく。そういった動きができるのは、今の過渡期にあるカオナビならではの価値だと思います。
また、BtoBでありながらお客様との距離が近く、ユーザーインタビューなどを通じて顧客課題に直接向き合いながら開発できる環境も、エンジニアにとって大きなやりがいになるはずです。
今後、どのようなエンジニアと一緒に働きたいですか?
技術力を土台に、プロダクトをより良くしたいという意識を持ち、主体的に動ける人です。カオナビのメンバーはそうした自律的な動きができ、ホスピタリティの高い人が多いのも事実です。社内には困ったときに助け合う文化が自然と根付いており、Slackで一言投げかけると誰かが手を差し伸べてくれます。そうした相互支援の空気感は、組織としての大きな強みだと感じています。
弊社はAIを軸とした未来を描き、その道を今まさに歩み始めたばかりです。未来の可能性は、AIによって確実に広がっていくでしょう。今のカオナビには、過渡期ならではの挑戦が溢れています。その挑戦と変化を前向きに楽しめる人と一緒に働けることを楽しみにしています。