「優秀」のレッテルすら進んで捨て、キャリアの幅を広げ続ける。インサイドセールスからフィールドセールスのマネージャーへ

Interviewee

新田 彩瑛

2021.2.23

「レッテルを貼られたくない」「ありのままの自分でいたい」──そう考える人は少なくないでしょう。しかし、それが「優秀」というレッテルであっても、進んで捨てることができるでしょうか?

この記事で紹介するのは、その問いに「イエス」と即答できる人です。社内では「カオナビの元気印」とも呼ばれる、新田彩瑛。2021年2月現在、若手を中心に7人が所属するフィールドセールスチームのマネージャーを務めている彼女は、もともと「超」がつくほどの体育会系。小学3年生から大学4年生までの13年間を女子サッカーに捧げ、高校時代は県代表に選ばれたり、全国大会に出場するほどの実績を誇ります。

スポーツ一筋だった新田が、カオナビというHRテックのSaaSベンチャーで働くようになったのはなぜなのでしょうか?絶えず新たな壁に挑み続ける彼女の軌跡からは、どんな挑戦も楽しめるポジティブな性格、そして何よりも「個性」を重視するスタンスが浮かび上がってきました。

のどかな田舎町で育ち、女子サッカーにすべてを捧げた学生時代

ファーストキャリアは人材系企業での営業職だったそうですね。就職する前は、どんな学生生活を送っていたのでしょうか?

新田

高校までは岩手県で育ち、大学は北海道だったのですが、学生時代は、すべてを女子サッカーに捧げていました。小さい頃から身体を動かすのが大好きで、サッカーは小学3年生から大学4年生までの13年間、真剣に打ち込みましたね。県大会や全国大会の代表に選出されるなど、貴重な経験を積ませていただきました。

アカウント本部
フィールドセールス2グループ
マネージャー
新田 彩瑛
人材・広告系企業の会社に新卒入社。採用広告の新規セールスを経験。2016年カオナビに入社し、インサイドセールスとして潜在顧客へのナーチャリングノウハウを学んだのちフィールドセールスとして、幅広い顧客領域の新規営業を従事、現在はフィールドセールスグループで新規営業のマネジメントを担当。

都道府県のトップクラスの選手って、かなり本格的というか、もはやプロ級ですよね!人材系企業とは、かなりかけ離れている印象を受けます。

新田

そうなんです(笑)。人材系企業に興味を持ったのは、就職活動を始めた大学3年生ごろ。それまではずっと、「体育教師になりたい」と考えていました。サッカーに打ち込んでいたことからも分かるように、小学生の頃から、とにかく体育が大好きで。その楽しさを人に伝えられる体育教師という仕事に自然と憧れるようになり、高校卒業後は地元を離れ、北海道の教育大学に進学しました。

思い立ったらすぐに行動してしまう私の性格を憂慮し、両親は当初、私を北海道へ送り出すことに抵抗を感じていたようです。しかし、最終的には私の想いを尊重し、快く送り出してくれました。決して挑戦を阻むことなく応援してくれた両親には、いまでも感謝しています。

それでも結局、教師という道は選ばなかった。

新田

はい。転機となったのは教育実習です。実際に実習に参加してみて、「私の場合は、学校という世界を越えてより多くの人と関わる仕事のほうが楽しめるし、自分の経験も活かせるのではないか?」と考えるようになりました。

女子サッカーを経験するなかで、チームの一員として生活する時間が長かったからか、人と関わることが、昔から大好きなんです。キャプテンを任されることも多く、人との関わり方に試行錯誤する毎日でした。チームを引っ張るために特に心がけていたのは、「まずは自分が誰よりも努力すること」、そして「オンとオフの切り替えをはっきりすること」。そうしてキャプテンを務めるうちに、いつしか他人の気持ちを想像することが得意になっていました。

こうした背景もあり、「人」を軸に就職活動を進めていくように。無形商材であるからこそお客様に合わせた提案ができる点や、お会いする方々の人の良さに魅力を感じ、志望が人材業界に絞られていきました。

スポーツに打ち込んでいた新田さんが、なぜ人材業界にたどり着いたのか、ようやく腑に落ちてきました。

新田

本当に不思議ですよね(笑)。生まれたのは最寄り駅まで徒歩で半日ほどの地域でしたし、大学ではアウトドアライフを専攻し、屋外での生活について実践的に学んでいました。電気の通っていない山に2週間こもったり、クマの倒し方を学んだりすることもありました。あの頃の自分に虎ノ門のオフィスで働くいまの姿を見せたら、きっと驚くでしょうね(笑)。

不安を感じたことはない。判断基準は「楽しそうかどうか」

そこから一転して東京の会社へ就職することに、不安はありませんでしたか?

新田

それが、まったくなかったんです。もともと東北や北海道のあたりで就職しようと思っていたのですが、たまたま面接で東京を訪れたとき、考えが180度変わりました。観光以外で初めて東京の街を歩き、人の多さやビルの高さに圧倒されながらも、湧いてきたのは「楽しそう」という気持ち。すぐに東京への就職を決意しました。

いま思えば、人生における分岐点に遭遇したとき、私は必ず「楽しそう」な方を選んでいる気がします。たとえ得意分野でなくても、楽しいと思えれば、それが私にとっての正解なんです。楽しみな気持ちが大きいからか、チャレンジングな選択だったとしても、不思議と不安を感じたことはありません。

不安を凌駕するワクワク感に突き動かされてきたのですね。新卒で入社された人材系企業では、どのような業務に取り組んでいたのですか?

新田

求人広告の営業をしていました。行動量が成果に直結することもあり、自分の生活の時間を削ってでも成果を上げようと、行動量を担保していました。徐々に働き方に限界を感じ、入社して1年経ったころ、転職を考えるようになったんです。

転職活動は、どんな方針で進められたのですか?

新田

大切にしていた軸は3つあります。お客様の感謝を実感できること、新たなスキルを身に付けられること、そして私生活を圧迫するような働き方ではないことです。

先ほどお話ししたような「行動量重視」の働き方とは、別のかたちを欲していたんです。「楽しい」と思いながら自信を持って商品を売り、お客様から感謝されるような仕事を探していました。

そうして業界は絞らずに転職活動を行った結果、幸いにもいくつかの会社から内定を頂くことができました。

その中からカオナビに決めたのはなぜでしょう。

新田

私の経歴ではなく個性を見ようとしてくれたこと、そして製品に強く共感したことが、大きな理由です。

面接では、怖いぐらいに私という人間を知ろうとしてくれる社長と副社長に驚かされました。転職理由や経歴ではなく、私の想いや個性をこんなにも根掘り葉掘り質問してくれたのは、カオナビだけでした。

また製品についても、「カオナビの製品がもっと広まれば世界は変わっていく」と確信できたんですよね。過去の自分のように行動量重視のマネジメントや働き方で苦戦している人にとっても、カオナビが変革の手段になるのではないか。「このサービスを世に広めていきたい!」と強く思いました。

とはいえ、当時(2017年)はまだ小さな会社だったカオナビに転職することは、チャレンジングな選択ですよね。不安はなかったのでしょうか?

新田

まったくありませんでした。当時のカオナビは社員が30人程度で、オフィスも古くて狭くて。お化粧室に電波が届かなくて不便だったのも、今となっては笑い話です(笑)。

それでも、「この素晴らしいサービスを自分が広めていけるんだ」というワクワク感が大きかったんです。なんででしょうね……面接で私の個性を必死に引き出そうとしてくれているのが伝わってきたからか、不思議と「ここなら大丈夫」という安心感が持てました。

「優秀」のレッテルを捨てたくて、自ら志願しジョブチェンジ

カオナビに入社してからは、どのような業務を担当されてきたのでしょうか?

新田

最初の2年間は、インサイドセールスを担当していました。電話やメールなどの非対面型営業によりアポイントを獲得し、より成約の確度を高めた状態でフィールドセールスにパスする役割を担っていました。

いまでこそ組織規模となったインサイドセールスですが、当時は上司と私のたった2人だけ。とにかく施策を実行しながら、試行錯誤し続けるのが私の仕事でした。

本格的にインサイドセールスに取り組むのは、初めての経験だったかと思います。難しさはありませんでしたか?

新田

製品自体の情報や、そのベースとなる「タレントマネジメント」の概念をお客様に伝えるのに苦労しました。非対面型営業のため、使い方を実演できないうえに、当時はまだタレントマネジメントシステムそのものがあまり知られていなかったからです。

タレントマネジメントとは、アメリカで生まれた考え方で、企業に優秀な人材を増やし、その人材に成果を出しやすくしてもらうための企業全体での仕組みや取り組みのことです。製品を売る前段階として、知られていない概念をまず啓発することから始めるのは、正直かなり難しかったです。最初のうちは、型に沿って説明することで精一杯でした。

それでも、回数を重ねるごとに、だんだんとお客様に合わせた提案をできるようになりました。初めて「お客様の気持ちを動かせた!」と実感できたときは、自分の成長に喜びを感じたことをよく覚えています。

まだ知られていない概念を電話やメールだけで説明するのは、簡単なことではないですよね。壁にぶつかりながらも、頑張り続けられたのはなぜでしょうか?

新田

自社の製品に確固たる自信があったからです。私は、全ての会社が『カオナビ』を導入すべきと信じて疑っていません。だからこそ、どんなに断られても、製品愛をパワーに乗り越えられるんです。「いつかタレントマネジメントの需要が高まった時に、カオナビを選んでいただけるように頑張ろう」と。

また、社員を一人の人間として尊重するカオナビの文化も大きかったです。個性を否定せず伸ばそうとしてくれる上司のおかげで、のびのびと仕事に取り組むことができました。

その後、フィールドセールスに移られたのはなぜですか?

新田

自ら志願して移らせていただいたのですが、理由は大きく2つあります。まず、少し生意気に聞こえてしまうかもしれませんが、「優秀」というレッテルを捨てて新たな挑戦をしたかったからです。入社して2年が経ち、ありがたいことにインサイドセールスでの仕事を評価していただけるようになりました。でも、挑戦を楽しむ私の性格もあり、別の領域での仕事で、自分の力を新たに試したい気持ちが大きくなっていったんです。

もう一つの理由は、インサイドセールスのさらに先にある、お客様の意思決定の瞬間を見届けたいと思ったからです。もちろん、フィールドセールスならではの難しさもあります。お客様とお話しする時間が長いゆえに、知識不足を痛感するシーンも少なくありませんし、話しながら的確な資料を見せる技術は、すぐに身につくものではありません。

しかし、この難しさを乗り越えた先で感じるやりがいは格別です。自分の説明でお客様の顔色が変わる瞬間を見られたときの嬉しさは、忘れがたいものですね。

仕組み化は必須、でも個性は絶対に潰したくない

入社して4年以上が経ち、インサイドセールスとフィールドセールスを経験したいま、新たにマネジメント業務にチャレンジしているのですよね。

新田

はい。2021年1月から、3チームあるフィールドセールスのうちの1チームをマネジメントする立場を任せていただきました。これからはマネージャーとして、個性を拾い上げつつも、みんなに応用できる営業の仕組みづくりに挑戦していきます。

若手の多いカオナビだからこそ、特定の人にしかできないような属人的な仕事を減らし、誰でも売れる仕組みを整える必要があります。ただ、個性は絶対に潰したくないんです。そのバランスを取るのが難しいですね。

私がこんなにも個性にこだわるのは、自分自身、個性を大切にしてもらうことで楽しく生きてこられた実感があるからです。先程もお話ししたように、両親は幼少期から私の挑戦をいつも後押ししてくれましたし、カオナビは面接のときから私の個性を尊重し伸ばそうとしてくれました。そうした人たちに感謝しているからこそ、次は私こそが、次世代の個性を伸ばす手助けをしていきたいと強く感じています。

初のマネジメント業務に挑戦するなかで、気をつけているポイントはありますか?

新田

結果にたどり着くまでのプロセスは、絶対に否定しないようにしています。なぜなら過程には、その人だけの個性が現れるからです。

個性を伸ばすために不可欠なのは、若手でも提案しやすい環境を作ること。そのため、冒頭でお話しした女子サッカーのキャプテン時代と同様に、オンとオフを使い分けることも心がけています。

後輩が前のめりに提案してきてくれたり、お客様の前で自信を持って製品愛を語っていたりする姿を目にすると、胸が熱くなりますね。

マネージャー業務に挑戦していった先に、今後はどのようにキャリアを重ねていきたいですか?

新田

これからも周りの後押しをエネルギー源に、挑戦を続けていきたいです。出産や育児などのライフイベントを迎えても生き生きと働き続け、下の世代のロールモデルとなれるよう、そして誰かの挑戦を私も後押しできるよう、これからも努力を続けていきます。

カオナビとしても、まだまだゴールは遠いです。2020年9月末時点で、1,900社以上の企業に『カオナビ』をご利用いただいていますが、営業対象は世にある会社すべてです。製品の価値がたしかだからこそ、自然と「まだ1,900社しか契約できていないのか、もっと広めないと!」という気持ちが湧いてきますね。

さらに、若手が頑張れる土壌があることも、カオナビの魅力のひとつです。属人的な仕事を減らすための仕組みや、これでもかというくらいに個性を尊重する文化には、私自身何度も助けられてきました。カオナビで問われるのは、誰か一人がどう成功するかよりも、誰でも成功できる波をどう広めていくか。昔から変わらぬ「チームで何かを成し遂げたい」という私の軸を実現するのに、これほどぴったりな居場所はありません。

カオナビの採用情報を知りたい方は

編集後記

人生の岐路に遭遇したとき、多くのひとは意図せずして安全な道を選んでしまいます。居心地の良いコンフォートゾーンを抜け出すには、大きな覚悟が必要だからです。しかし、今回ご紹介した新田は違います。

北海道から東京へ、教員志望から人材系企業へ、インサイドセールスからフィールドセールスへ。常に新たなフィールドに挑み続ける彼女の原動力は、「楽しむ」気持ち。常人離れした「前向きさ」を武器に、彼女はこれからも未来を切り拓いていくでしょう。

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